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10月9日、母と一緒に眼科へ話を聞きに行った。

色々と先生のお話を聞いて、

「じゃあ、早急にやらなきゃならないのは左目って事ですよね?」

と聞いたら、

「いえ、特別に早急にやらなきゃという訳じゃないですよ、やりたくなければやらなくてもいい。

 無理に急いで手術って訳じゃないです。

 ご本人がどうしても手術して欲しいというお話だったので。」

え?話が違うじゃん、私には、

「手術しないかんて言われたで。」

って言ったくせに。

っま、いいわさ、どっちにしても、そのうちやらなきゃならないんだし。

21日8時半までに来院して、手術は30分ほど、術後は1時間ほど病院で休養取って、

そのあと病院の送迎バスで家まで送ってもらえるとの事で。

母も、

「よかった、眼帯した格好でデイまで戻るのかっこ悪くて嫌だから、デイは休むわ。

 悪いけど、私が帰るまでお父さん見てて。」

と言っていたのに。

ばーさん帰ってくるまでじーさん見てなきゃならないけど、私のいう事なんて、

怒って、全然聞いてくれないじーさんをデイに送り出すなんて、至難の業。

それに旦那も、

「ばーさんたちが食事して、ばーさん出かけた後で、ゆっくり朝飯食えばいいって事か。

 じゃあ、その分寝坊できるじゃん。」

って喜んでいたのに・・・。

そして、20日の火曜日、妹が来て一緒にお昼ご飯食べてる時の事。

「ああ、そういえば、この前デイに行った時、デイの人と相談して、

 やっぱり明日はお父さんデイサービス行ってもらう事にしたでね。

 デイの人も、その方がいいんじゃないかって言ってくれたし。

 来たら、部屋まで入ってもらって連れてってもらう話になっとるで、

 お父さん送り出してくれればいいで。」

って、言いやがった。

「はあー!!!!!」

ってぶち切れだわさ。

「なんで?!いつそういう話になったの?!

 自分が眼帯姿でデイに行くのは恥ずかしくて嫌だっていうから、

 旦那にもじーさん家にいる事話して、そういう風にするからねって言って、

 久しぶりにゆっくり寝とれるからいいわって、どんだけぶりに寝坊できるだろって、

 喜んどったのに、今更どういう事?!この前のデイの時って金曜日じゃん!!

 こっちにも関係ある事なんだから先に相談するか、一番に話すのは当たり前じゃんか!!

 それを前の日の今になって言うなんておかしいがね!!

 なんでいつもいつも、そうもそうも、自分勝手ばっかなの?!」

最近の私、怒ったら自分でも止められないほどキレてしまって歯止めが利かなくなっちゃう。

そしたら結局、ばーさん泣いて自分の部屋へ行っちゃったし。

「ああやって、すぐに泣くから嫌だ!!」

と言ったら、妹が、

「あそこまでキレられると、反論する間もなくて泣けてくるのも仕方ないかも。

 ちょっとあの言い方は、きついかな、あれじゃ、泣きたくなっても仕方ない。

 それに、お姉、気をつけんと血管切れるよ。」

と言われてしまった。

「じゃあ、あんたはあれで怒らんの?あんな風に勝手されて。

 あんたはたまに来て、「ああそうなんだ。」って、やさしく返事できるんだろうけど、

 毎日毎日、色々あって喧嘩ばっかで、たくさん嫌な思いしてるこっちの身にもなったら?

 今までの積み重ねで、ああなっちゃうんだもん、今更、優しくなんてできないし。

 しなきゃとか思ってみても、どうしても、できないもん。

 あんただって、私と同じ立場になったら、今みたいに優しい気持ちでなんていられないわさ。

 それに、聞いてるだけじゃなくて、あんたも何とか言ってくれてもいいじゃんか。」

そしたら、

「中立の立場でいようと思うと、口出しできない。」

だってさ・・・、わかってるくせに、あんたもむかつく・・・。(怒)


妹を駅まで送って行った後、もう一度話をしたけど、腹の立つ事ばっかり言うのでキレまくり。

今更、どうのこうの言ったって、決めちゃったんだし、今更変えてもらう気もないので、

「わかった、じゃあ、そういう風にするから。でも、もう気を回していらん事せんといてね!!」

と言って食事の支度を済ませて、自分の部屋に戻って、

「残念ながら明日は寝坊できません。」

と、LINEで旦那に連絡してしばらくすると、ノックの音がして。

「デイの人に、明日断るわ。」

なんて、また言うからまたもやブチ切れ。

「もう旦那にも連絡したんだから、今更変えんといて。」

なんでこんな時に、いらん喧嘩せないかんかと思ったら、ますます腹が立って。

でもまあ、明日手術する本人をこれ以上責めてもかわいそうなので、ぐっとこらえて。

まあ、私にも悪いところはたくさんだろうし。



そして、翌日の昨日、じーさんに何度も、

「デイの人に迎えに来てもらうから、来たら車に乗ってって、あっちで待っとってね。」

と言い残し、

「ここで待っとりゃ迎えに来るんだな?」

と何度も聞くじーさんを置いて、8時前にばーさんは家を出て行って、

8時20分過ぎ、じーさんはお迎えに来たかわいい女性のヘルパーさんに連れられ、

ニコニコしながら出かけて行った。

10時半頃、ばーさんから電話があって、

「手術する人が多くて、私は一番最後になりそうでまだやってもらえんのだわ。

 だで、デイサービスにも連絡するけど、直接そっちに帰るからお父さんお迎えしてやって。」

と電話があって、その2時間後じーさんが戻ってきて、その5分後に、ばーさんも帰ってきた。

顔半分くらいの大きさのガーゼをくっつけられて、なんとなく顔も腫れた感じ。

色々聞いてあげたくはあったけど、腹が立ったまま落ち着かないので、そのまま何も聞かず。

デイの人と相談して色々決めているようで、今日も臨時でデイで待たせて自分は眼科へ。

明日もデイの日で、明後日の土曜日は妹が来てじーさんを見てる予定。

1週間後、2週間後、一月後、二月後、半年、一年と再診があるだろうけど、

それはまた、デイの時に行くつもりらしい。

デイに行くようになってくれて、それだけはありがたいと思ってる。

定休日の水曜日に合わせて行ってるので、休みの日なのにいつもよりも早起きするのは、

本当のところ嫌だけど、午前中だけでも二人から解放されるのは、ほんと、ありがたい。

できれば、加齢臭ごと持ってってくれるとありがたいんだけど。

まっ、そこまで欲張るのは、やめとこっと。


最近はデイに行ったらそのまま、じーさんとは離れ離れで帰るまで別々らしい。

そのうち、行く振りしてじーさんだけデイに行かせて、その時間好きにすればいい。

でもきっと、

「でも、お父さんが、お父さんが。」

とか言って、なかなかしないんだろうな。

「かわいそうとか言ってるけど、離れたくないのは自分の方なんじゃないの?

 自分で裁ち切って、じーさん送り出すくらいの気持ちがなきゃ、

 自由な時間作るなんて、夢のまた夢だわさ。

 今日あった事を、明日には忘れちゃうんだし、来てくれてるヘルパーさんの事だって、

 忘れちゃったりするんだもん、一人で行かせたって、その事すら、きっと忘れちゃう。

 もうそろそろ、思い切ってじーさん離れしないかんわ。」

と言ってやった。

もしも、母が先に逝くような事があったとして、その時のためにも、

デイに一人で行く事に慣れててもらわないと。

即、そこで大変な事になるわさ。

一日中じーさんに張り付いて仕事すら行けなくなっちゃうから。
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2015.10.22 Thu l 母の事 l top
行け行けと言っているのに、

「お父さん見とらないかんから。」

とか、

「お父さんがもう少しデイサービスに慣れてから。」

なんて言って、なかなか行かなかった眼科。

妹に、

「一から十まで私が見るのは無理だから、お母さんの眼の事は頼んだ。」

と言って、

「いいよ、わかった。」

と妹が言ってから、約一年。

引っ越す前から、ずっと、

「行かなきゃ、行かなきゃ。」

とか言いつつ、踏ん切りがつかなかったんだけど、

「あれは早起きとかできないから、いつ来るか、今日は本当に来るんだろうか、

 って気をもむよりもいいから。」

なんて言って、ケアマネージャーさんやヘルパーさん、デイサービスの人に、

色々助けてもらって、知らない間に眼科へ行く算段をつけて、

相談もないまま行ってきた母、そしたらいきなり、手術決めてきて。

なんでも突然なんだから。

今月は私の甲状腺の定期健診で、数日日にちとられるのと重なって。

旦那の誕生日、結婚記念日、

来月初めには現実逃避のための秋の旅行の計画もしてるのに。

ばーさんの手術に合わせて、なんか、色々ばたばたなんですけど・・・。

自営業の我が家は、二人の予定で日々分け合ってるので、

そこにばーさんの予定まで組み込もうとなると、ほんと大変。

旦那にはいちいちお伺い立てないと休めないから、それだけでも気が重いのに。

そのうえ、じーさんをデイサービスに送り出す?!

母の言うことは、「うんうん、わかった。」と、ちゃーんと言う事きくくせに、

私が何か言うと、烈火のごとく怒鳴り散らして怒ってばっかりいるじーさん。

できるのかなぁ・・・、私のいう事きいてくれるんだろうか・・・。

はぁ~、どうなる事やらだわ。


嫌いになったもの。

香りが気に入って好きで使い続けていた柔軟剤。

母が、

「その香りいいね、一緒に使う。」

って言って、使い始めたて、着てるものからふわっと臭ってくるんだけど、

ばーさんの加齢臭と混じり合って、なんだかイヤーな臭いになって嫌いになった。

なので、自分が使う柔軟剤を他のメーカーに変えた。

自分の笑い方が、母とおんなじで笑うのが嫌になった。

今の自分の体形、母とそっくりで鏡を見るのが嫌になった。

自分の咳払い、じーさんとそっくりですんごく嫌。
2015.10.03 Sat l 母の事 l top
続けて書くのもなんだかなぁ・・・、とも思ったけど。

その気になった時に書かないと、またひと月ふた月経っちゃうだろうし。

書く気も失せるかもなので、書きます。

長くなっちゃうし、悪口ばかりになるので、読みたくない人はスルーしてください。

これは私の日記なので、書きたい事書いてすっきりしたいので。

書く事で、ますます怒りや悲しみが増幅する恐れもありますが・・・。(汗)


まずは私の事を書かないと、じゃないと何が言いたいのか分からないので。

実は私、25歳の時に子宮筋腫になりまして手術しました。

その時はまだ未婚で将来もある事だし、って事で筋腫核出術で子宮温存しました。

ただ、それから中々結婚できずで、29歳で結婚して翌年には再発が発覚し再手術。

この時も妊娠を望んでいたので核出術で子宮温存しました。

ただ、右の卵巣はチョコレートのう腫で半分切除、卵管は癒着があって詰まってました。

なので、翌年腹腔鏡で癒着をはがすのと卵管を通す手術をしました。

癒着はうまくはがれたのですが、卵管は不通で左側の卵巣だけを頼みに、

今言われてる「妊活」の「不妊治療」を始めました。

タイミング法でも妊娠はせず、人工授精でも妊娠はしませんでした。

何せ片方の卵巣しかないので、排卵のチャンスは人の半分、時間は人の倍かかりました。

うまく着床するためのホルモン剤の注射などで、残った筋腫が大きくなる可能性大ですが、

それ以上に子供を望んでいたので、ずっと治療を続けてました。

そろそろ「体外受精」を考える方向でと医師に言われ、

「そこから先は神の領域なので。」と主人と私の意見も一致したので子供を諦め、

巨大化した筋腫を切除するため、子宮全摘で最後の手術を受けました。

結婚してからは離れていたとはいえ、ずっとこの様子を見て聞いていた母なんですが。


ここから母の事書きます。

最初の手術後、ふた月くらいして母が、

「言わんとこうと思ってたけど、子供産めても1人が限度なんだって、

 それも帝王切開でしかだめって言われた。」

と言いました。

「えぇ?!」

そう言う事って、術後すぐに言ってくれるもんじゃないの?

だって、私の体の事じゃん、私の将来に関係ある事じゃん、自分で知ってなきゃじゃない?

なんで、言わんとくっていう選択になるの?って思いました。

手術して半年後くらいに、いとこが消防士の方を紹介してくれました。

つきあってふた月くらいして、いとこが私がそう言う手術をした事を何気に話したそうで、

「僕は子供が欲しいから別れたい。」と言われました。

悲しかった・・・、ちょっと好きになりかけてたし。

それから一年して、適齢期を過ぎた頃、母の知り合いが見合い話を持ってきまして。

見合いする気もなかったので、写真を見てあーだこーだと難癖つけてると、

「あんたは手術してかたわ(差別用語だったらすみません)みたいなもんなんだで、

 あーだこーだ文句言える立場じゃないんだから、もらってくれる人がいるってだけで、

 ありがたいと思わんといかんのだよ。」

と言いました。

そういう事言うのかと、唖然となりました。

それからも、たくさん見合い話をもらってきては「見合いしてー、結婚しろ―。」言われ。

その頃4っつ下の人とつきあっていたので、見合いする気などまったくありません。

毎日毎晩、色々言われ続け辟易としていたのですが。

その4っつ下の人も、

「僕はまだ若いので、好きだけど結婚する気はない、それに長男だから跡継欲しいし。」

と言って、私から離れて行きました。

それから半年して、今の旦那と紹介で知り合いつきあって4か月でプロポーズされて、

10ヶ月で結婚しました。

この人もたぶん離れていくんだろうなと別れを覚悟で打ち明けると、

「子供のいない人生だっていいじゃんか。」

と言ってくれました。

結婚で母の呪縛からも離れられてほっとしてると、

次は自分か!?と、恐れをなした妹が1人暮らしを初めて母から逃げました。

結婚と同時に旦那が店を始めて、それからの何年かは仕事のプレッシャーが半端ない。

仕事を始めるに当たり、旦那のお世話になってる人から、

「初めの一年は、絶対子供なんて作っちゃいかんぞ、仕事の妨げになるから。」

なんて言われて・・・。

それでも不妊治療のプレッシャーとも闘いながらがんばっていたんだけど、撃沈。

結局子供はあきらめました。

それからしばらくして母に言われました。

「あんたが子供できなかったから、私には孫がおらんがね。

 みんなランドセルだ、机だって楽しいそうに話してて寂しいわ。」

そうか、そうだよね、でも今更どうしようもない事言われても、仕方ないじゃんか。

妹に期待してよ、あっちは健康なんだし。

でも妹も、40近くなっても結婚の気配がなく、そんな妹の事を私に、

「戻ってきてでもいいから、一度結婚して欲しい、世間体が悪い。」

と言いました。

「戻ってきてでもいいって、なんちゅう事言うのよ。」

40過ぎて、やっと結婚した妹ですが。

「今さらだけど、やっぱり孫は無理だよねぇ。」

って、それをなんで私に言うのさ、本人に言えよ、本人に。

そんな妹も、数年前に子宮筋腫で子宮全摘しちゃいましたが。

未だに私に対して、子供がいたら、孫がいたらなんて事しゅっちゅう言います。

私も最初のうちは言われるたびに反論したり、傷ついたりしてましたが。

今はまた言ってるか!くらいで収まってます。

でも、母に言われて、「いつまでそんな事言うつもり?!」と、食ってかかった事がある。

この年になると、誰でも多かれ少なかれ病院通いしてると思いますが、

今日は歯医者、今日はクリニック、持病があるので今日は総合病院で検査があるとか言うと、

「体が丈夫なだけが取り柄のはずなのに、そんなやわな子に産んだ覚えないわ。」

生きてきた人生で色々変わって当たり前じゃんか、それに私の体。

親だからっていったいいくつまで、そんな事言うつもりよ!!

それに、本人は思いやりで言ったつもりも、私にはとんでもない言葉になったり。

8年前、飼っていた15歳のわんこが腎不全で亡くなった翌日、電話で話してて、

「いつまでもめそめそ泣いとったらいかんよ。」

って・・・。

「はぁー?!いつまでも泣いとったらって、昨日死んだばっかりだよ。

 昨日の今日なのに、なんでそんな言い方するの?!」

言葉の使い方、分かってないのかもしれません。

そしてこの事を書こうと思ったきっかけの年末の喧嘩。

両親と子供三人の家族のお話をテレビでやっていて、それ見ていた母が、

「あ~あ、あんたに三人くらい子供がおったら楽しかったのにねぇ。」

って・・・。

いつもならやり過ごす言葉も、大みそかでバタバタしてる上に、旦那は風邪で寝込んでるし、

昼間にも色々口喧嘩した後だったので火がついちゃった私。

「はぁ~?!欲しくて欲しくてがんばって、それでもダメで諦めたのに、まだ言うか?!」

「思ったから言ったまでじゃん。」

「なんで人の気持ちも分からずに、そんな風に思った事すぐに口にするのよ!?

 少しは相手の気持ち考えてもの言ったら?!」

って、思わず怒鳴っちゃいました。

そしたら、こっちも気も知らずにへへへって笑って、

「怒り納めか。」

って言いやがった、むっきーっ!!

不妊治療していたのはもう20年近く前なのに、未だに言われるとぐさっときます。

だって、どうしようもできない事だから。

いらなくて作らなかった訳じゃなくて、欲しくてもできなかったんだから。

母にしてみたら、何気に言ったつもりの言葉なんだろうって分かってます。

そんな事で怒らなくてもいいじゃない、っても思います。

でも、そばで色々見てきた母だからこそ、言って欲しくない言葉なんです。

どうしてこんな事で、そんなに怒るのって思うかもしれない。

でも、いくら親でもいっていい事悪い事あると思うので。

親でも、許せないのは許せないから。






2015.02.21 Sat l 母の事 l top
じーさん週二回の生活支援と週一のデイサービスが日課になりつつあります。

ええこっちゃぁ~。(笑)



朝出がけの喧嘩と、帰ってきて家に入ってからの喧嘩、そして日々の喧嘩が、

日常茶飯事になってしまった今日この頃。



そして今朝も喧嘩、まあ喧嘩というよりも私一人ぶち切れて怒ってる訳ですが、

ワナワナきたので愚痴ります。

まずは家族について。

父、 じーさん= 認知症になってからマイペースで日々を過ごしてる
          前は人にめちゃくちゃ気を使う人だった
          耳が遠いのでテレビを音量をいつもめちゃくちゃでかくする
          ベッドサイドにおけるスピーカーがあるけど、その存在を忘れてる
          頻尿で何度もトイレに行く、トイレに行っても流さない、手を洗わない

 旦  那  = 自分に関わる事にはめっちゃ一生懸命に考えるし行動する
           自分に関係ない事には無関心

    妹   =今同居で住んでるマンションまで車で1時間のところに住んでいる
           ひと月に一回しか来ないし、車で15分くらいの駅まで私が迎えに行く
           行かないと来ないし、遠い事を言い訳にしてる
           私の愚痴を聞いて、「頃会い見て話してみるわ」などと言いながら
           母と話をしてるのを見た事がないし 来てもその場しのぎの会話のみ
 
母、ばーさん= 自分勝手でわがまま、いい加減でおおざっぱ、
          その場その場で思った事をすぐ口にするので眞逆な事を言う事が多い、
          厭味を言っといて厭味と思ってない
          一言多い、会話に主語がないので何を言いたいのかさっぱり分からない
          人の話をしっかり聞かず、勘違いして訳の分からん事でクヨクヨ思い悩む
          私が結婚して家を出た後、妹も家を出て行き、6年間実家に寄りつかなかった
           その6年間ほとんど連絡も皆無だったので、寄りつかなくなるのを恐れて、
           「あれは遠いでいいわ」とか「あれにはいらん気を使わせんでいい」
           と言って、妹には特別に気を使う  
   
書いてて悲しくなってきた。

遠くたって気持ちがあったら、何度でも来るわさ。(怒)


で、今朝もじーさんがテレビの音量を40くらいにしてるので、

私「またテレビの音大きくしてる。」

母「何度言っても分からんでいかんわさ。」

私「何度言ってもダメな事分かってて、なんでほっとくの?

  行って小さくすればいいじゃん。大きいままでほっといたら近所迷惑だよ。

  ちゃんといつも見てて、そのたびに言えばいいじゃん、忘れちゃうんだから。」

母「はいはい、分かりました。」

と言って笑ってごまかした。

いつもそー。

こないだもマンションのトイレの補修工事をするので流さないでくださいという日があって、

9時から13時までトイレが使えなくなるので、午前中デイサービスに行く事になった時も、

母「帰り際にトイレ入ってくるけど、工事してる間におしっこしたくなったら困るわー。」

私「どうしても我慢できなきゃ、バケツにすればいいじゃん。」

母「12時で帰ってくるけど、それからの1時間、

  知らん間にお父さんトイレに行って水流しちゃったら、どうしよう。」

だって。

たった1時間くらい、じーさんの事ずっと見てればいいじゃん。

3LDKの狭いマンションで知らん間ってどういう事よ?!普通気付くでしょ。

っていうか、狭い部屋に一緒にいるんだもん、知らん間ってないでしょうが。

とにかく、母はじーさんの事を見ていない、「なんで?」ってびっくりするくらい。

そばにいて、一緒にテレビ見てるのに、いなくなってるのにまったく気付かない。

そのくせ、じーさんが耳が遠いにもかかわらず、小言はいつも小声で耳打ちしといて。

母「言っても分からんもん。」

私「耳打ちしたって、耳が遠いんだから大きな声じゃなきゃ聞こえる訳ないじゃん。」

きっと、じーさんが耳が遠くなってること自体、自分も忘れて以前と同じように接してるんだ。

それにいつも主語がなく話すので、訳分からなくていつもじーさん、「はぁー?なんじゃあ?」

って、聞き返してるし、もう一度同じ事大きい声で言っても主語がないので、

分かる訳ないっちゅうの。

私「ちゃんと主語を言わんと分かる訳ないじゃんか。」

と言ったら、

母「それで55年やってきたんだから、大丈夫だって。」

だそうで・・・・。

とにかく、やり取り聞いてるだけでイライラしてくる。

あれではじーさんがかわいそう・・・、って思える事もしばしば。

母「やってあげたら、全部やらないかんくなるがね。」

それは私もよく分かる。

でもね、それは時と場合であって、テレビの件は別よ。

何のために、ベッドサイドにおけるスピーカー買ったって思ってるのよ。

あんなでかい音出してちゃ、近所迷惑だっちゅうの、苦情がくるっちゅうの!(怒)

野中の一軒家じゃないちゅうの、マンションだっちゅうの!!


そしてもう一つ。

母は自分の実家のお墓に毎月行きます。

同居したての頃は一度だけ、バスに乗ってお墓に行きました。

バス一本で乗り換えなく行けるので、「便利、便利。」と言ってたものの、

じーさんの運動不足を考慮して、一度じーさんの散歩がてら墓参りに行ったら、

その後はずっと毎月、私が乗せていくのが当たり前になって。

母の実家の跡継ぎ(母の弟)はほったらかしで、盆暮れ・彼岸でもお墓にきてなくて、

母がたむけた花がそのまま朽ち果ててます。

でも、弟のお嫁さんとあまり折り合いが良くないので、お墓の事は何も忠告しない。

言えばいいのに、変な気をつかって言わない、私なら言っちゃうかもなのに。

そんななので、母はほっとけないみたいで。

母「実家の墓参りと墓掃除は私の修行だと思ってるから、やめない。」

私「自分の修行だと言うのなら、1人で行きなさいよ、まだ元気なんだから。

  乗せてもらって行ってたら、誰の修行なのかわかんないじゃん。」

と言ったら、

母「天気のいい日はお父さん散歩に連れてってくれるんでしょ。

  だったら、ついでに乗せてってくれれば言い事だがね。」

くーっ、くそばばあ痛いところをついてくる。

私の父思いを逆手にとって、嫌と言わない事わかって言ってるーっ!!

くそーっ!!!


長い事読んでくださってありがとうございました。

はあ、こんな事でブチ切れてワナワナしてるの、なんか情けなくなってきた。
2014.11.24 Mon l 母の事 l コメント (0) トラックバック (0) l top
今日は母の介護認定のために認定員の方が来てくれました。

自分の事は自分でできるか、家事や洗濯はできているか、ちゃんと自分の足で歩けるかとか、

同じ姿勢で座っていられるかとか…。

すこぶる健康で、

「娘さんだけ、少しこちらでお話しできますか?」

と呼ばれて、

「う~ん・・・、多分無理でしょう。」

と言われました。

なぜ健康なのに介護認定を受けたかと言いますと・・・。

実はこのあいだケアマネさんが来たときに、いろいろお話をしてる中で、

「母も一緒にデイサービスに行けないんでしょうか?

 母が行くと言ったら、ひょっとしたら行く気になるかもしれないので。」

と、何気なく聞いたことがきっかけでして。

なにせ、認定付かないと実費だし、もし付いてもそれによって利用の点数も違ってくるわけで。

お試しで3か月12回とかいうチケットみたいなのもあるらしいんだけど、

それよりもまず認定受けてみましょうかって話になって。

多分無理と言われ残念は残念だけど、母としては結果が出てひとまず安心ってな感じで。

年相応の物忘れ程度だと思われる物忘れはあるけど、

まだ認知症と言われる、そこまではいってないと私も思いたいし。

父の事があって、認定受けましたとの旨を伝えましたが、どうなる事やらです。

っていうか、多分無理でしょう。

ま、焦らず季節が進んで外に出られるようになったら、ヘルパーさん頼んで、

どんどん散歩に連れ出してみたいと思ってます。

私が連れて行くにも限りがあるし、散歩にいい時間帯に行った方が本人にもいいと思うし、

なんでもかんでも自分たちだけでと背負い込むよりも、お世話になれる事はなった方がいいし。

それに、じーさんにも他人が入る事に徐々に慣れて行ってもらわないとだしね。

先日ケアマネさんに言われました。

「今のまま、どこにも行かずに家の中にばっかりずっといていいわけないですよ。

 このままだと、近いうちに寝たきりになってしまうのは目に見えてます。

 外に出て疲れて眠るってのは、体には刺激になって、とってもいい事ですから、

 デイサービスに行って、いろんな刺激を受けるのは一番だと思います。」

デイサービスに行かせるのは到底無理と思っていたけど、なんとか行ってもらわないとね。



2014.08.13 Wed l 母の事 l コメント (1) トラックバック (0) l top
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